唐木机が欲しい

読んだ本のこと、考えたこと。

漱石言葉 書くことと読むこと

貧生のありがたさは何の用事もなくただ昼は書に向ひ膳に向ひ夜は床の中にもぐりこむのみ。

 

 

総て文章の妙は胸中の思想を飾り気なく平たく造作なく直叙するが妙味と被存候。さればこそ瓶水を倒して頭上よりあびる如き感情も起るなく、胸中に一点の思想なくただ文字のみ弄する輩は勿論いふに足らず、思想あるも徒らに章句の末に拘泥して天真爛漫の見るべきなければ人を感動せしむる覚束ならんかと存候。

 

今、世の小説家を以て自称する輩は少しもオリジナルの思想なく、ただ文字の末のみ研鑽(けんさん)批評して自ら大家なりと自負するものにて、北海道の土人に都人の衣裳をきせたる心地のせられ候。(中略)

 

故に小生の考にては文壇に立って赤幟(せきし)を万世に翻さんと欲せば首として思想を涵養せざるべからず。思想中に熟し腹の満ち足るは直に筆を揮ってその思ふ所を叙し、沛然驟雨の如く勃然大河の海に瀉ぐの勢なかるべからず。文字の美、章句の法などは次から次のその次に考ふべきことにてIdea itselfの価値を減ずるほどの事は無いように被存候。

 

 

 

御前も多分この点に御気がつかれるなるべけれど、さりとて御前の如く朝から晩まで書き続けにてはこのIdeaを養ふ余地なからんかと掛念仕る。勿論書くのが楽なら無理によせと申訳にはあらねど毎日毎晩書て書て書き続けたりとて小僕の手習と同じことにて、このoriginal ideaが草紙の内から霊現する訳にもあるまじ。

 

このIdeaを得るの楽は手習にまさること万々なること小生の保障仕る処なり(余りあてにならねど)。伏して願はくは(雑談にはあらず)御前少しく手習やめて余暇を以て読書に力を費し給へよ。

 

 

漱石書簡 明治二十二年十二月三十一日 正岡子規あて