唐木机が欲しい

読んだ本のこと、考えたこと。

野田くんと野中さん 読書法について

「わたし、最近できるだけ沢山の本を読むようにしてるんだけど、一つ、悩みがあるの。

本を読んでも忘れてしまう、という大問題。

先日、岩崎さんの西洋哲学史という本を読んだのに、中身についてさっぱり覚えていないの。

割りと真面目に読んだつもりなのに。

全く覚えていない。

これなら、本を読む意味ないんじゃないかな?

宇野くんは、普段どうやって本、どうやってよんでるの?」

 

「僕は、読書を二つに分けてるよ。

多読か、精読か、だね。

野中さんは、楽しむために本を読んだりするでしょ?」

 

「ええ。超能力とか宇宙人とか。

勉強、ってわけではないわね。」

 

「そういう娯楽的な、趣味として読むような本は、できるだけたくさん読みたいものだよね。

別に、趣味や娯楽に限らずとも、教養をつけるとか、小説を読むとか、別に仕事だの研究だのに使うために読むんじゃないような本は、割りと雑に読んでもいいと思う。

読む、ということ自体が目的であって、読んだ知識をつかってなにかしよう、というわけではないからね。

野中さんが読んだっていう、西洋哲学史は勉強のために読んだんだよね?

大分、古い本だから、探して買ったんだろうね。」

 

「ええ。

すこし、哲学に関連したレポートを作りたいなと思ったの。」

 

「だったら、ぜひ、その本に書いてあることは、知識として身につけたいよね。

そういうとき、僕は、ノートを取りながら読むようにしてるよ。

まずは、読んでいて大切だと思ったところ、面白いなと思ったところ、少し難しいなと思ったところ、そういう部分をノートに書き写す。

その下の部分に、自分なりに解釈をつけたり、意見を書いたり、関連していると思う事柄を調べて書いたりする。

つまり、まず、書き写すことで、知識を頭のなかに入れる。

さらに、その移した知識を、頭のなかで噛み砕いて理解できるようにしたり、自分の持っている他の知識や考えと関連付けをする。

いわば、頭のなかに新知識を取り入れて、さらにその新知識ともとから持っている旧知識との間に、リンクをつくる、ハイパーテキストをつくるという感じだね。」

 

「へえ。

どんな感じでやっているか、見せてほしいな。」

 

「こんな感じでやってるよ。

f:id:snobmen:20180508172351j:plain

f:id:snobmen:20180508172435j:plain

 

べつに、その解釈が正しくなくちゃだめだとか、きちんとした文章じゃなくちゃだめだ、というわけではないから、もう自由に思索の翼を羽ばたかせていいと思う。

僕は黒一色だけれど、好みに合わせて赤とか青とかつかうと効果的だね。

こうして、一冊の本を、一冊のノートにする作業は、とてもめんどくさそうで非効率的に見えるかもしれないけれど、本を血肉にするためには、とても有効で重要なことだと思う。

まるまる一冊を書き写す、という方法もあるそうだけれど、僕は、余り刺激がないから好きじゃないんだよね。

大事な部分を抜き出して、自分の意見を考えて書き付けていくほうが、刺激が在るしメリハリも在るしで、おもしろいと思っているよ。」

 

「時間、結構掛かるんじゃない?」

 

「そうだね。ものすごい時間がかかる。

やってみればわかると思うけれど、ものすごく頭が疲れる。

本当に、研究に使う、という学者さんが、やるようなやり方だからね。

カント専門を冠している学者が、カントの全集全ての部分に目と思考を通しているのは当たり前だろうからね。

このやり方は、本を読む、というよりもむしろ、本を消化して栄養にするところに重点が置かれているからね。」

 

「こんなことを、読む本全部にしてたんじゃ、大変ね。

第一、人生で読める本がたったの数十冊とかになりそう。」

 

「もちろん、このやり方で読む本は、本当にそこまでの労力を掛けるに値する本だけだよ。

本の隅々まで理解したいときに、使う方法だからね。

そこまで理解したいわけではないし、かといって読み流す娯楽的な読み方でもない、というときには、付箋をつかうといいよ。

読んでいて、ここおもしろいとか、重要だと思ったところに、付箋を貼る。

で、全部読み終わって、少し期間を開けたあたりに、もう一度、付箋が張ってあるところだけを読むんだね。

そうすると、効率的に本の内容を理解できるね。」

 

「なるほどね。

興味をひいたところと、要約されているところとで、付箋の色を変えてみても良さそうね。

主観的に大事なところと、客観的に大事なところ、わけるとよりよさそうね。」

 

三色ボールペン読書法なるものを、齋藤孝氏が言っていたけれど、それだね。

読み流す読書、付箋を張りながら読む読書、ノートを取りながら読む読書。

こうやって、自分なりに段階をつけていくと、ムダもなくなるし、忘れてしまうだの読書の意味がないだのと悩むこともなくなりそうだね。」

 

注:読書猿さんのオマージュです。

野田くんは、大分、偉そうなこと言っていますが、これは僕というよりも、僕と僕の伝聞が語っています。

僕は、一介の学部二回生、しかも文学部生でもないので、内容の正しさや、やり方の良さは、身分上、保証できません。

あしからず。