唐木机が欲しい

読んだ本のこと、考えたこと。

意識高い系について0 僕は意識高い系か?

僕は、大学に入ってから初めて意識高い系、なる言葉を知った。

ミーハーという言葉も、そこで初めて知った。

パリピもそこで知った。

 

人は、分類が好きである。

秩序を与えたがる性質があるように見える。

 

大学は、高校に比べてカオスである。

みんなそれぞれ、別々の方向に向いている。

秩序がないから、あだ名を作って秩序を作ろうというのだろうか、などと邪推してしまう。

 

さて、僕はいったい何に分類されるのだろうか、という疑問からこんな記事を書く。

僕は意識高い系だろうか。意識高い系の定義を、ウィキペディアから持ってくると以下のようになる。

意識高い系(いしきたかいけい)とは、自分を過剰に演出する(言い換えれば、大言壮語を吐く)が中身が伴っていない若者、前向きすぎて空回りしている若者、インターネットにおいて自分の経歴・人脈を演出し自己アピールを絶やさない人などを意味する俗称である。

 

(中略)「意識高い系」の特徴として、自己啓発(ボランティア・政治)活動や人脈のアピール、あえて流行のカタカナ語を使うなどが挙げられる。嘲笑の対象として「意識高い系(笑)」と表記されることもある。

 

 

僕は、昨年一年間、とある社会貢献ボランティア系のサークルに属していた。

そこでは、クリティカルシンキングだのロジカルシンキングだの3C分析だのゴールデンサークルだのの方法論を使って、企画を行なっていた。

また、 組織論やリーダーシップなどを考える機会もあり、意気揚々と、どうすればより良い組織になるか、とかブランド力はいかにして向上させるべきか、といった議論に花を咲かせていた。

 

また、僕自身、企業さんに訪問して、社会人の方と、まあ、いわゆる渉外なるものをする機会が、かなりたくさんあった。

加えて、なんとかセミナーなどに参加する機会も、サークル関係なく、種々の都合上、あったのである。

 

環境は人格に影響を与える。

こういう環境に、昨年一年間、身を置いていたわけであるから、当然、僕の習慣や生活や考え方も、影響を受ける。

 

それ故だろうか、いわゆる自己啓発本やビジネス書を、なるほどぉと唸りながら、せっせと読んでいた。

現在、段ボール一箱、下宿のタンスに眠っている。

 

さて、この事実から、僕は客観的に、昨年は自分が意識高い系であったことを、認める。

四十名くらいだったろうか、社会人の方と、名刺交換をしたことも、このことを証左するだろう。

 

告白しよう、今はなきFacebookのプロフィールページには、こう書いていた。

「〇〇(サークル名)/世界を変える/Hack the world/名大/Ruby/Python/Rails」(自己規制済み)

投稿をも含めて見てみると、「自分を過剰に演出する(言い換えれば、大言壮語を吐く)が中身が伴っていない若者、前向きすぎて空回りしている若者、インターネットにおいて自分の経歴・人脈を演出し自己アピールを絶やさない人」という定義に当てはまる。

 

さて、現在、僕は、このサークルに所属しておらず、またFacebookのアカウントも削除した上、持っているSNSアカウントのプロフィールページには、世界を変えるなどというスローガンを掲げていない。

当然、このブログも、そういうことを目的としているわけではない。

 

意識高い系は、なんか違う。

違和感。

思想上の変化があり、こう判断するに至った。

 

こういうわけで、意識高い系について、僕が書くのはある程度説得性があると思う。

 

注:サークルについて非難する気は一切ない。