唐木机が欲しい

読んだ本のこと、考えたこと。

なぜオフライン生活か

インターネットは、なるほど大変便利な道具であります。

けれど、道具は道具の地位に甘んじるとは限りません。

どういうことか。

少し、気取って引用なんかしちゃおうかしら。

いかにも「何かのため」に存在するように見えるあらゆる技術が、そのア・プリオリな定義ないし目的にもかかわらず、むしろそのア・ポリステリオリな延長部分ー先にテクノロジーの余生と私が仮称したものーを通じて、私たちの存在を最も逃れ難く規定するということ。

 

マクルハーンが「メディア」の概念によって間断なく指摘したのはこのことであり、また、テクノロジーが人間の感覚比率を常に変異させるという言明によって彼が示唆していたのは、繰り返しになるが、あらかじめ理念的に知られているような技術の諸目的とは違った、偶然的で予測不能な技術の到達点、またそれがもたらす全体的変異の重要性であった。

吉田朋正「ナルシスのプロテーゼ(1)」『思想』二〇一八年第二号、岩波書店、二〇一八年二月、七十四頁

 

道具は、私たち人間がその機能を規定してつくるもの。

ハサミはものを切るため、ペンは文字を書くため。

私たちは道具の支配者として、使用する。

 

ところで、服やメガネはもはや私たちの身体の一部になっている。

コンピュータやインターネットについては、記憶や計算や知覚の道具として、精神の一部になっている。

世界と人間の間(media)に、存在する道具は、人間を拡張する。

道具は、私たち人間と世界の間に存在する一つのメディアである

 

時間さえあれば気づかぬうちにスマホをいじっていたり、パソコンでネットサーフィンをしたりしているようなことがある。

時間が空けば、スマホを開く。

または、スマホがポッケに入っていないと何やら不安な気持ちになる。

電車に乗ると、スマホを見つめている。

 

このような有様、また自分の生活を見つめてみると、スマホは単なる道具ではなくなったのではないかと思うのです。

もはや、スマホは自分の身体や精神の一部になってしまったんじゃないかと。

道具が僕の存在を変異させているな、と気づいた瞬間でもあります。

 

特に、インターネットはとても強力に、僕の精神と身体を変異させているような気がします。

時間があれば、インターネットを使って何かしよう、という気にさせられてしまう。

そして、時間をインターネットにつぎ込んでしまう。

時間をいかに使うか、何をしようかという意思決定に、インターネットを使って決めようとか、とりあえずネットで何かしよう、という強力な影響をもたらしている。

 

さて、それが自分にとって良い影響ならばいいのですが、インターネットを使って例えばネットサーフィンをするとかゲームをするとか動画を見るとか、こういった行動が自分の人格だの生活だのを高めてくれるものとは、考えられないのです。*1

 

 また、僕がインターネットを使うと、気力が奪われるような気がします。

受験勉強をする際も、インターネットは全面禁止にしていました。

ネットをしてしまうと、ネットをしていないときにも、ネットをしたいと考えてしまうからです。*2

 

インターネットは、中毒性があると思います。

ウェブにしてもアプリにしても、人がより長い時間そこにいられるようにまた、楽しめるようにデザインされているからです。*3

そして、その上手くデザインされたコンテンツは、娯楽として優秀であっても、本質的には利用者にとって精神的にも身体的にもなんらプラス*4にならないことが、往往にしてあります。

 

痒いと掻きたくなる。

掻けば、気持ちがいい。

けれども、掻いても何にも起こらない。

また痒くなる。

いっそ、掻くのをやめて、その手でなにかやってみよう。

 

こういう訳でオフライン生活を始めてみようと思います。 

*1:ネットサーフィンを毎日30分するとすれば、一年で約180時間、30年で5400時間になり、これは約200日ほどになります。

基本的に、ネットサーフィンで得られる情報は、僕の主観ですが、表層的なものがほとんどだと考えています。検索エンジンの上位に出てくるサイトが提供する情報は、往往にして、素人ライターがネットサーフィンで得られた情報をまとめてたコンテンツに過ぎません。

例えばウェブライティングと検索してみてください。どういう人がどういう方法でどういう方針で記事を書いているのかがわかります。基本的に、GOOGLE検索エンジンにおいて、上位に表示させる記事をつくるためには、いかに上手くキーワードを配置するか、に掛かっているといっても過言ではありますまい。Search Engine Optimizationというやつです。

*2:これは典型的な依存です。快楽物質がでていないと無気力になる。快楽物質を求めてしまう。僕は依存症に特になりやすいと濃厚に感づいています。

*3:UIとかUXと言って、Webサービスを作る人たちが熱心に設計しています。楽しいはずです。

*4:当然、何をもってプラスと判断するかは意見が分かれるところだと思います。ここでは、自分が本当にやりたいと思うことができているかどうか、に判断基準を置きます。ゲームに熱中してふと我に返ったとき、ああ何してたんだろうと思うことがあります。虚無感を後味に残すもの、対置して、充実感を後味に残すもの。後者をプラス、前者をマイナスとしてます。