唐木机が欲しい

読んだ本のこと、考えたこと。

意識高い系について2

まず、人間を定義したい。

僕ら人間は、ただ呼吸するため食うために生きるものではない。

はて、国家や神のために生きるものでもない。

色々な目的のために生きているとは思うが、こらから議論する対象が大学生であることを踏まえて、人間をなんらかの能力を意識的あるいは無意識的に高める存在と、ここでは定義しておきたい。

大学生は、社会に出るための準備段階にある存在である、という立場を踏まえてのことである。

 

そして、その上で、人間の能力を三つに分ける。

知性と体力と対人能力である。

この三つの能力を高める方法と意義について書く。

 

知性。

これは、考える力である。

暗記能力、文章作成能力、論理的思考力、知識量など。

この力を鍛えるには、勉強すればいい。

その道のプロが著した本を読んだり、授業を聞いたり、実践したりすることで、鍛えられる。

この勉強をする場所として、大学が最も優れた場所であることは疑う余地がない。*1

その道のプロである教授にも質問し放題である。

知性を鍛えるのに、大学ほど適した場所はない。

 

体力。

これは、スタミナだけを指すのではなく、体を動かす力をいう。

筋肉だとか運動能力だとか、身体の総合的な力である。

大学生の身分で、この力を鍛えるのに最適な方法は、運動部に入ることだろう。

また、ジムに通うのも一考だと思う。

 

対人能力。

これは、他者とのコミュニケーション能力である。

そのうちの一つに、楽しく喋る力があると思う。

大学生の身分でこれを鍛えるのに適した方法として、サークルや運動部に入って集団の中に身を置くことがあると思う。

また、もう一つの能力として、ビジネス上の関係を構築する力も含むだろう。

この力をつけたいのなら、社会と関わる系のサークルや団体に入ることが、最適だと思う。

 

以上が人間の能力を三つに分解して、それぞれの能力の定義と向上させるに最適だと思われる場所を検討してきた。

この上で、僕は、意識高い系を再定義する。

 

意識高い系は、ビジネス上の関係を構築する対人能力の向上に励む人である。

これは、知性を伸ばそうと励む人を真面目系、体力を伸ばそうと励む人を体育会系と、呼ぶことと対応させると、さらに合点が行くだろう。

 

意識高い系は、真面目系や体育会系と、伸ばそうとする力が異なるだけで、本質としては大差がないのである。

それなのになぜ、意識高い系は、このネーミングから透けているように、こうも変なふうに揶揄されねばならぬのか。

ここに、僕が意識高い系を愚かであるとする理由がある。

 

意識高い系は、自らの活動や努力が、知性をも鍛えうると勘違いしているのだ。

意識高い活動をすることで鍛えられるのは、あくまでも対人能力であるのにもかかわらず、知性までも向上し、普通の学生よりも賢い人間であると勘違いしている嫌いがある。

 

彼らは、自らは他の学生よりも対人能力に長けていると堂々と胸を張って言って良いと僕は思う。

だが、自らを賢いと思ったり、意識高い行動で知性が磨かれ、人よりも世界がより明瞭に見えるようになるとか物事の本質を捉えられるようになるとか、思うのは、自らの領分を超えた愚かしい考えであると言わねばなるまい。

 

それはあたかも、大学教授が俺は40年の学問の結果、体力がついたとか、コミュニケーションがうまくなったなどというようなものである。

いや、別に一人でいうのは構わない。

問題は、意識高い系が、知性を磨いてきた人に対して、知性に関する優越を主張したり、体力を磨いてきた人に対して、体力に関する優越を主張したりすることである。

 

そして、最も問題なのは、意識高い系は人間としての向上を主張する傾向があることである。

自分が他者よりも優越しているのは対人関係能力である、という事実を認識することなく、問答無用で人間としての優越を主張するのである。

 

総括すると、意識高い系はビジネス上の関係構築のための対人関係能力及びその能力向上により得られる副次的な知識を、ありとあらゆる場所や人間に対して応用して、自らの優位を恣意的あるいは無意識的に示すが故に、多数派の学生から変なふうに揶揄される。

 

僕は、大日本帝国の滅亡を思い出す。

政治と経済と軍事。

この三つは全く別物であり、相互に優劣の関係はない。

にもかかわらず、何を履き違えたのか、軍事分野の人間が、軍事分野こそが国の中で最も重要なものであり、経済も政治も軍事に任せれば良い、いやそうしなさい。

とこういう具合に、軍事が政治と経済を支配した結果、見事に失敗したのである。

 

軍事上、得られる知識も利益もあるだろう。

だが、それはあくまでも、軍事の結果得られた副産物であることを自覚せねばならぬのである。

そして互いに尊重しあい、相互に高め合うことが、綺麗事のようではあるが、やはり重要なのである。

 

僕は、当時の軍部の主義主張やその能力が、愚かだとか米英よりも劣っていたとは言わない。

だが一つ言えるのは、当時の軍部は、上述の意味において愚かであった。

 

 

*1:授業がクソだ、という意見もあると思う。けれど、その場合は図書館がある。図書館で授業よりも優れた本を読んだりオンライン教材で学ぶことができる。静かな環境、無料wifi、大量の本や最新雑誌、論文サイトの利用権。こんなに素晴らしい環境は、大学図書館の他にあるまい。