唐木机が欲しい

読んだ本のこと、考えたこと。

自由に関する考察片 1

自由になるために、何が要求され、どのように条件を満たすべきか。

最も幸福な人間は、自らが自らに課すところの義務を果たし、他者から義務として時間と身体と精神との提出を強いられることのない人間である。

そうして、そのような人間を、自由な人間という。

であるならば、自由とは、他者から外部的な力から身を守り、自らの内部から力を生成せしめることになる。

 

他者から強いられる外部からの力

1 金銭

絶対に必要である紙切れであり金属片である。

これがないと、パンが買えない。

パンがなければケーキを食べればいいじゃない、などと揶揄したおばさんもいるらしいが、しかし、これがないとケーキさえも買えんのである。

毎月20万円は欲しいのである。

もっと言えば、毎月100万円くらい欲しいのである。

病気したら困るし、旅行にも行きたいのであるし、困った人に援助の手を差し伸べたいものである。

 

2 納税

 

3 労働

金銭を獲得するおそらく唯一の手段。

それ以外の方法をとれば、精神的あるいは身体的な自由が制限される危険がある。

これを集団的にやれば、上司だの後輩だのから、強い力を受けてしまうことは明白である。

何をいうか、それに耐えてこその美徳である、怠けるんではない、怠惰である、という人がたくさんいる。

が、それはやはり、自由の概念には反するものと言わねばならん。

 

 

間違いなく、金銭をどうするか、というのが大きな問いである。

金銭があれば、ある程度の力は跳ね返しうる。

また、自由を獲得する手段にもなりうる。

最近流行りのフリーランスは、外側からの圧力が少ないだけ魅力ある仕事に見えるが、その実、お客様の獲得にペコペコ頭を下げなければならなかったり、様々な戦略を考えて、それが本当に善い結果を生むとの確信さえ得られぬのに、売り文句を声を大にして言わねばならない側面があるからして、必ずしもいいものとは言えない。

ましてや投資家やFXなんぞは、僕はやってみたことがあるのだが、とても無理である。

今、僕の投資実績は、マイナス40パーセントである。

しかも、資本がないと、やっていけない。

資本ありきである。

 

とすれば、農家ではあるまいか。

なるほど農家はきつくて辛い肉体労働であるかもしれぬが、しかし、美しい自然の中で汗水垂らして働くところにこそ、労働の美徳があるのではあるまいか。

問題。兼業でなくてはやってゆけぬこと。土地がないこと。TPP