唐木机が欲しい

読んだ本のこと、考えたこと。

科学、宗教、哲学、物語、理性についての断片

宗教が、どうして物語の体をとるのか、甚だ疑問である。

ストレートに、シンプルに、こういう理由でこれをしなさい、してはならない、と言ってくれた方が、実に短くて、よい。

 

物語ではなくて、物語から抽出される教訓だけ、手短に、率直に、命令口調で述べてくれればよいのだ、読む量も短くて済む。

効率がいい、経済的に、救いが得られる。

 

物語は第一長い。

時、場所、人間、性格、発言。

伝えたいエレメントに、贅肉がつきすぎる。

 

科学を見よ。

論文を見よ。

アブストラクトを見さえすれば、何が言いたいのか、すぐに分かる。

しかも、人間の主観と感情と価値観などが入り込んだ物語と違って、客観的で数量的で断言調子で、非常に、説得力がある。

 

数式。

方程式。

これこそが、人類が編み出した最も真理に接近するための方法論である。

物語に真理はない。

 

だから、科学が発達した現代、もはや物語チックな宗教やら、当然、文芸やらの出番はないのである。

科学。

この二文字を、世界に対してぶつけていけば、いい。

文明発展、生活向上、効率化。

 

第一、物語が何を生み出すのか。

富も食料も時間も産まない、むしろ食うだけだ。

 

古代ギリシアでは、詩人が人々を、物語ることで導いたという。

世界の成り立ち、仕組み、人間の善悪。

こうしたものを提示する仕事をなしたのは、詩人であった。

 

詩人の次には、宗教が生まれた。

宗教が、人々に真理の光を照らし、善悪を提示した。

 

スコラ哲学が、宗教から分離し、力を持つ。

人間の理性こそが、本当の真理と道徳を明らかにするのだ!

哲学者が人々を導く力を持った。

 

真理の探究を徹底した結果、自然科学が生まれた。

Science

 科学こそが、本当の真理を明らかにするのだ!

人々は、物事を、科学的にあるいは論理的に考えることこそが、正しいと思うようになる。

教育が拍車をかける。

 

近頃は、プログラミング教育を、小学校のうちから始めようという動きが加速しつつある。

論理的思考を身につけさせるのだという。

ロジカルに物事の正誤を判断することで、より賢く生きることができるようになるだろう。

非科学的な迷信を信じたり、下手な詭弁に惑わされることなく、善く生きることができるようになるはずである。

 

 との主張について。

問題。

  • 物事の善悪は、科学によって、あるいは論理的思考によって、導くことができるのか。
  • 科学者は、道徳的指導者たりうるか。
  • 教育と称して国家から施される道徳は、果たして、真理たりうるか。
  • 宗教的な善悪の価値観は、普遍的に解釈されうるか、また、世界中に数多存在する宗教の中から、どのようにして「私」が信仰すべき宗教を見つけ出すか。
  • 哲学は、信仰と理性主義との距離を、適切に保ちうるか。
  • 哲学は人間に善悪を提示する手段と自負するが、人々にとって興味を引くに足るほどの魅力を有しているか。(冒頭に述べた宗教の物語性との対比をみる)
  • 哲学は、大衆が正しく理解できるか、また、これまた無数に存在し対立し合う思想体系を評価判断する価値基準を提示しうるか。
  • 文芸は、芸術性を志向すべきか、道徳性を志向すべきか。
  • 文芸は、人間の本質を暴く、それだけでいいのか。
  • 優れた文芸作品から、大衆は道徳や思想を取り出すことができるか。

 

自然科学は世の中の病気を治癒する万能薬たりうるのか?

宗教は世の中の病気を治癒する万能薬たりうるのか?

文芸は世の中の病気を治癒する万能薬たりうるのか?

政治は世の中の病気を治癒する万能薬たりうるのか?

 

人間の身体的活動の源泉は、その精神的活動にある。

精神的活動の源泉たる概念は、なんだ?

That is the question.

 

 

 

以上は、土曜日、一日中、「魔法少女まどか☆マギカ」を見ながら、考えたことです。

悪しからず...