唐木机が欲しい

読んだ本のこと、考えたこと。

僕が趣味で小説を書く理由

同じ学部の一部の人たちには授業前の休み時間などに話しましたが、先日行われた大学の文化祭にて、文芸サークルの部誌に小説を投稿しました。
一万字ほどのささやかな短編小説です。
部誌の販売部数は50いくかいかないかくらいだそうですから、そこに書いた小説はいわば活字化した実物を眺めて恍惚とした気分に浸る自己満足程度のものでしょう。
お金をもらうことなどありません。
むしろ、製本作業や校正作業で数時間ほどの時間の出費です。

このほかに僕はささやかな小説を執筆してはインターネット上に公開しています。
いわゆるネット小説というものです。
趣味で小説を書いて公開することが最近流行っています。

1年前でしょうか、かなり話題になって売れに売れたアニメのSAOなどのライトノベルも元はこのようなネット小説です。
小説家志望でネット上に自分の作品を公開する人もたくさんいますし、ただ単に読んで楽しむいわゆる読む専なる人たちもたくさんいます。

ただでさえ若者の読書離れが叫ばれている今日、小説を書くなんて気でも狂ったかと心配されそうなものですが、小説を書くことはとても楽しいことですからぜひオススメしたいというのが今日、僕が筆をとった理由です。

なぜ君は小説を書くのかい? と問われれば僕は、不可能を可能にするため、と答えます。
いやにカッコいい気障なセリフのようですが、これは事実です。

例えば、僕の顔は平均以下で性格も平均以下どうしてもイケメンとは言えない容姿と性格です。
そんな僕が仮に女の子にモテまくりたい、イケメンになりたいとしましょう。
この願いを現実で叶えるためには、かっこいい服を買いネックレスとイヤリングをつけて、おしゃれな美容室で髪を切り毎朝1時間くらいかけて髪のセットをして、加えて言葉遣いと振る舞いをアイドルだのホストだのから学び取り真似しなければなりません。

このようなことをするには非常に大変な労力とお金がかかります。
しかも、滑る確率大です。
なにカッコつけているのだ、と見る人から見ればこのようなことをして無理にカッコよくモテようとした僕は、メッキ加工した鉄のように見えるに違いありません。

けれど、小説ならば簡単にできます。
自分の思い通りに自分の容姿と言動をつくりだし、さらには理想の女性をいくらでもたくさん登場させてスキスキ言わせれば良いのです。

巷に溢れるライトノベルが、なぜかイケメン主人公であったりオレツエー系出会ったり、美女に囲まれるハーレム系であるのには多分このような根源的な理由があるのだろうと思います。

また、同様にして空を飛ぶことも魔法を使うことも自殺することも犯罪を犯す*1ことも政治家になることも、いいこと悪いことををひっくるめてどんなことでもできてしまいます。
実際僕は、今、旅がしたくて仕方がない、特にイギリスに行きたいと思っていますが、いかんせんお金がないので、小説の中で旅行しようと考え、そのような旅行系の小説を書いています。
笑わないでください。

とどのつまり、小説を執筆するとは自分の世界を創造する行為に他なりません。
自分が世界をつくる、世界が自分に影響を与える。
実際に、自殺願望を持った人、孤独感に押しつぶされそうになった人、遠征感に苛まれ苦しんでいる人、そういった人が書いた小説が後世に渡って名作として読み継がれている事実もあります。
「文学は人を救う」とはこういうことだと思います。

僕はそんな堅苦しい文学はつまらないからイヤですが、やはり物語を作ることは自分を拡張したり補修したりする効能があると思います。
どこまでも自分のために自分の好きなように世界を創ることができる、だから小説を書くのは楽しいのだろうと思った、という話です。

*1:悪役を登場させるにはやはり殺人や強盗やらを起こさなくてはならない。正義を産むために悪を産む