唐木机が欲しい

読んだ本のこと、考えたこと。

RADWIMPS HINOMARUについて

荒れに荒れる。

「国を愛して何が悪い。」

「いやいや、国を愛すると云うのは聞こえはいいけれど結局それは大東亜戦争においてたくさんの人間の命と尊厳を奪った過去を美化賞賛する行為ではないか。」

「いや君、何を云うか。そもそも、大東亜戦争はアジア民族の解放を目的として西欧列強の植民地主義に対する偉大なる抵抗であって結果的にアジアに多大な貢献をしたのだ。朝鮮に学校をつくり近代化を支援した日本の献身的な愛を、ただ単にアメリカに敗れたと云う理由から歪曲せられ、今や歪められた歴史的価値観、すなわち日本は太平洋戦争で悪者だった、という自虐的な思想をアメリカによって埋め込まれたのだ、国連はUnited Nations、連合国だから、そして彼らが今世界を牛耳っているのだから、彼らの敵国条項が未だに力を持って世界の価値観をひん曲げているのだ、大変腹立たしい。」

「何を云うのか、あの戦争は悪だった。なるほど連合国が正義だとは確かに言えまいが日本が正義だとは言えない、そして日本はアジア諸国の人たちに酷くて酷いことをしたのだから真摯にその事実に向き合い、反省すべきだ、それなのに今の安倍政権はなんたることだ、かつての日本を美化するような言動が見られるではないか、けしからん。」

「君、まずいぞ。愛国心がない。いけない!アメリカの思う壺だ!歪められた価値観に囚われている。いやその事実にすら気づいていないんだ。日本はすごい国なんだ、神風が吹くんだ、神が守る国なのだ、今こそ国を愛せよ、さすれば世界は平和になる。」

 

ぶっちゃけ、僕は愛国などという言葉の意味がわかりません。
そもそも、国ってなんでしょうか。
愛国とは多分、日本という国を愛するという意味なのでしょうけれど、日本ってなんでしょうか。
歴史でしょうか、大和民族のことでしょうか、天皇陛下のことでしょうか、日本語のことでしょうか、日本文学のことでしょうか、土地のことでしょうか、八百万の神様のことでしょうか。

僕には判然としません。
曖昧模糊な概念を愛することはとても難しいですし、とても危険なことのような気がします。
国という概念は極めて多様な意味を含む、いえ、含ませることができるものだと思います。
愛国という言葉を使う人間の目的次第でその意味は大きく変化してしまいます。

軍人さんから見た愛国は国のために命を捧げさせることが目的でしょうし、為政者から見た愛国は現在の政治機構を肯定させることが目的でしょうし、伝統芸能協会的な人から見た愛国は国の文化の保全が目的でしょう。

 

で、野田洋次郎氏にとっての愛国とはなんでしょうか。
何が目的なのでしょうか?
このように問うて見たとき、多分目的なんかないのだと思います。
「日本に生まれた人間として、いつかちゃんと歌にしたいと思っていました。」と言っていることだし、きっと心のうちにある国を愛する純粋な気持ちをその通りに歌にしたのだと思います。
だから、「純粋になんの思想的な意味も、右も左もなく、この国のことを歌いたいと思いました」なのだろうと思います。

歌詞を見ても、大変綺麗な言葉だと思いました。
軍歌みたいだと非難されたようですけれども、僕にはそうは思えませんでした。
野田洋次郎氏の心の中にある「日本」のイメージを言語化し見えるようにした上で、愛を歌っているのだと思いました。
芸術とは見えないものを見えるようにするものだと、ジョンクレーは言っています。
見えない「日本」を歌にすることで、見えるように(正確には聞こえるように)したのだと思います。
だとすれば、これは思想的なメッセージではなくて、芸術的な営みだと言えそうです。

 

ここまではいい。
けれど、HINOMARUが炎上した後に野田洋次郎氏が出した声明のある部分に嫌悪感を覚えました。
「戦争が嫌いです。暴力が嫌いです。どんな国のどんな人種の人たちとも、手を取り合り合いたいです。」

HINOMARUという歌は日本という概念を可視化してそこに対する作詞者の愛を歌った歌、ただそれだけだと思います。
それ以上の何者でもありません。
思想も主張も持ち合わせてはいない。*1

だのに、どうしてHINOMARUに関する声明の第一文にこんな言葉をもってきたのだろうと思いました。
HINOMARUと平和は結びつきませんし、結びついても非常に軟弱なメッセージ性しか持ち得ないと思います。
平和と愛国は結びつきません、この場合は特に結びつけてはつまらないはずです。

もしも平和の歌が歌いたいのなら、僕は国を愛することを歌ったこのHINOMARUなどという歌は決して絶対に歌いません。
平和を願って愛国心を歌うような人がいたら、僕はそっと彼から離れます。聞きたくありません。
僕は、平和を願うならこのHINOMARUと全く正反対の歌を歌います。

ジョンレノンのimagineです。

Imagine there's no countries
It isn't hard to do
Nothing to kill or die for
And no religion too
Imagine all the people living life in peace

You, you may say
I'm a dreamer, but I'm not the only one
I hope some day you'll join us
And the world will be as one

僕は、世界中でHINOMARUのような愛国心を歌う曲がなくなり、imagineを世界中の人々が口ずさむ世界を望みます。
僕はこのimagineという曲が大好きです、だから僕は主観的な理想主義者なのかもしれません。
ひょっとすると僕はdreamerなのかもしれない、けれどそうでありたいという話です。

 

 

補足
I listen to a music.
I do not listen to the music created by the musician.

僕はある一曲の音楽が聴くのであって、特定のミュージシャンの音楽を聞くのではない、この姿勢をぜひ堅持したいものだなあと思います。
このミュージシャンの曲だから無条件に良の評価を下すような人がいるらしいのですが、それでは曲を聴いているのだかミュージシャンを聴いているのだかわからなくなりそうで少し恐ろしいものです。

*1:持ち合わせてはいけないと僕は思います。本当は。芸術は直接的に何かメッセージを伝えるものでは本来あるべきでなくて、間接的に鑑賞者に気づかせたり感じさせたりすることで伝えるもの、いえ伝わるものであるべきだと思います。日常生活の中で実に多種多様にして膨大な主張を聞かされ、感じるストレスの発散場にして癒しの空間であってほしいものだ、などと甘ったれた考えを持ってます。