唐木机が欲しい

読んだ本のこと、考えたこと。

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト

シュタインズゲートというアニメがある。
最近、ハマって全話一日で見てしまった。
中二病の男がタイムマシンをつくってあそぼ、という話である。

最近、その第二期がやっている。
今10話あたり。

そこに、アマデウスという人工知能が出てくる。
アマデウス、と聞けばどうだろうか、世間の人々は、すぐになるほどモーツァルトのことだな、と気づくのだろうが、僕は気づかなかった。
やけにかっこいい名前だな、などと思いながら毎週1話ずつアマデウスを見ていた。

 

先日、ある友人が「俺、魔笛が好きなんだよ。」といった。
そこで僕は、「ああ、シューベルトね」といった。
友人は「そうだっけ?」と変な顔をしていた。

帰宅して、魔笛ってシューベルトだっけ?シュバイツアーだったかな、などとおかしなことを考えながら、グーグル検索をしてみる。
「ヴォルフガング・アマデウスモーツァルト作曲 魔笛 K620」と出てきた。
僕は大変恥ずかしい気持ちになり、できることならタイムマシンを使って自分の発言を撤回したいと思った。

それで昨夜僕は寝ないで深夜の二時までずっと、spotifyモーツァルトを聴いていた。
聴きながらこんなことを考えた。

 

そもそも僕らが目を開けて活動している間で文字を見ないで過ごす時間はどれほどあるだろうか、いや少しもないのではないか。
また、僕らが娯楽としてあるいは仕事としてなすことで、文字を見ないでできることはあるだろうか。

最近、文字を目にすると非常に気持ちが悪くなる。
一見するとただの黒いぐにゃぐにゃした模様に過ぎぬのに、ただ目にしただけで色々な概念があるいはそれに関係した思考がぐるぐる頭の中で回転しだす。
一日中考えていなくちゃいけない、そんな災難な日々を送らざるを得ない運命に苛まれた知的生命体たる人間の不幸さに嘆く。

できることなら何も考えずに過ごしたい。ならば文字を見なければいい。ならどうするか。
目を瞑ること。
目をつぶって何をする?

眠るか?眠るのはいい。
けれど、眠くないときはどうする?黙想か。
つまらない。

そういうときは音楽だ。
けれど音楽は言葉を、蛇口を開いた水道管から流れ出す流水の如く垂れ流す。
だったら、歌詞のない音楽。
歌詞のない音楽、それはクラシック。
モーツァルトを聴こう、クラシックを聴こう!

 

そして最後にこう考えて眠ることにした。

考えている時点で、何も考えていないのではない。
何も考えないことは、不可能だ、眠っている間は考えていないのではなくて意識がない、何も考えないためには、人間の精神と肉体から解放される必要があり、それは死に他ならない、けれど死んじゃつまらない、だから寝る。