唐木机が欲しい

読んだ本のこと、考えたこと。

更新すること 自己批判の試み

ブログを更新しなければなりません、と言いたくて「更新すること」と言う記事を書いたのではありません。
これまで書いてきた50くらいの記事の内容を更新しなければならないと思いました。
僕が綴ってきた、できの悪くてまずい思想めいた記事ですが、今の僕からすればところどころ、怒りすら想起させる箇所があります。
ですから、これから僕は、これまで書いた記事を一つづつ丁寧に取り上げて、自己批判をしようと思っています。

ここで一つ、哲学というもののあり方についてを記載しておきます。
哲学というのは、単に物理学とか文学とか生物学とかいう、ある学術の一分野を単純に指す言葉ではありません。
哲学とは、人間の機能的な営みをも包括する言葉でなくてはなりません。

人間の思考は二つの機能を持っています。
肯定すること、否定すること。
これらの基本的な機能(関数)を使用することで、人間の思考は紡がれていく、そして哲学は他の自然科学や社会科学と異なり、対象となるのは自己そのものです。
自己を肯定することで一つの思考が生まれる。
そしてその思考は、自己及び他者からの否定によって、新しいものへと変化したり分離したりしていく。
こうして、我々人類は、精神の二つの機能を使用して、思考を紡いできたのです。
そうしてたどり着いた先に、対象を固定して科学的な法則を実験によって導き出す実証主義が、哲学の延長上に誕生し、一つの学問として分離し成立した。
哲学が、学術の女王と言われる所以です。

ですから、これから僕が自分の記事を徹底的に非難する営みは、ある意味で哲学だと言えるでしょう。
僕は哲学の学士でもなんでもありません、ただの一民衆の一コマに過ぎませんけれども、最近は夏休みに入って、少々時間が余っているので、こうした無為な時間の使い方をしてみようと思いました。
案外、無為だとか無価値なものだとか、最も贅沢なものなのかもしれないと思います、逆説的に。