唐木机が欲しい

読んだ本のこと、考えたこと。

労働について 改め 健全な思考について

僕はこれからさき最も深刻な課題となるテーマは、労働だと思っています。
貧富の差をなくそうだとか、社会構造がおかしいだとか、労働環境が悪いとか、こうした表面的な問題ではなくて、もっと奥深くにまで入り込む問題として、労働を捉え考えて行く必要があると思います。
僕はまだまだ、知識も思考力もないのでごくごく薄くて軽い思索しか紡ぐことができませんけれども、それでも、今の労働と人間の関係性について、違和感を感じます。

とまあ、こんな風に、マルクス主義を想起させる「労働」などという言葉をえらく理想的に唄い、現体制を批判するような、反社会的なことを聞くと、マルクス主義者だの無政府主義だの、アブナイ思想的なイデオロギーに囚われた頭のおかしな人間の策略が、文章の根底に流れているに違いないと思う人が多分、たくさんいるかと思います。
ですので、少しだけ脱線して、僕が思う健全な精神と思考について書いていきます。
健全な精神と思考、それは、一言でいうなれば二つの機能が平等に働いている状態だと言えましょう。二つの機能。肯定と否定。

肯定する、とは他人の考えだとか、あるいは自己の考えを正しいものだイイものだとプラスに考えて、時に行動に移すことを意味します。これがなければ、何者も創造されないでしょう。ですから、肯定という機能自体、非常に重要なものだと言えましょう。
否定する、とは他人の考えや自己の考えを、間違っているのではないかと疑い、否定しようと試みること、あるいは本当に否定することを意味します。本当に正しいのかどうか、間違っているのではないかとよくよく考え、やっぱり間違ってるじゃん、と否定し忌避することは、正常な精神の活動だと思われます。
これらの否定と肯定が交互に行われること、これが健全な精神の活動だと僕は思います。

ですから、逆に、異常な精神の活動とは、否定だけが働く活動、または肯定だけが働く活動をいいます。否定だけが働く活動は、極端な虚無主義懐疑主義が当たります。こうした考えを信じる人たちは、ありとあらゆるものを否定しまくり最後は自己の存在性や存在理由すらをも否定しさり、最後、自殺します。
また、肯定だけ働く活動とは、狂信が当たります。宗教をただひたすらに信仰すること、オカルト宗教の教義を言われたままに自己のうちに正しいものとして取り込むこと、ある人間の思想を絶対的なものとして信仰し行動に反映すること。この肯定だけ働く活動に対する嫌悪感は、特に人々の間で強力なものとして浸透しているように思います。オウム真理教事件や、共産主義や、マルクス主義アナキズム、オカルトなど、いかにも危険な思想が危険なものとして人々に伝播した結果と言えるでしょう。

この傾向そのものは悪いものではないのですが、ただ、僕は人々がなんら知りもしないでただのイメージだけで否定の精神運動を反射的に執り行うことに、大きな危機感を覚えます。知りもしないことをさも知っているかのように語り判断する、これは明らかにイメージの奴隷に成り下がっている。イメージを植え付けたものが確かに存在することは間違い無くて、それは政府かもしれないしマスメディアかもしれないし社会そのものかもしれないし親かもしれないし学校かもしれない、こうした人たちが間違っているとは言えないけれども、確かに言えるのは、自己自らが肯定し根拠を獲得した知識に基づかない判断は、すべからく、何者かに隷属した思考であって、脆くて集団的で危険なものだ、と言えると思います。
想起すべきは、第二次世界大戦中の日本の集団主義です。あの時代、誰もが天皇の絶対性を信じ、戦争は正しいのだと考え、大本営の発表の正確さを疑わなかった。当時の日本人が持っていた考えが正しいか、間違っているか、そんなことは本質的な問題では無くて、日本の国民がどこかから与えられた知識や情報を無条件に肯定し、否定の精神活動を怠り、奴隷と化したことが本質的な問題だと考えます。

今なお、日本人はナニカの精神的な奴隷であり続けているように思えます。民族だとか国家だとか歴史だとか、一つの観点を取り上げてああだこうだいうのは大嫌いな僕ですが、この原因をあえて挙げるとするならば、日本人は昔からお上に従うことが美徳であって今も変わらず中央の政府が正しいと思い込む嫌いがある。現に日本において民による革命がなされたことはただの一度もない。そういうわけで、日本は批判的精神を欠く、逆に僕は批判的精神がお国柄であり革命大好きなフランスの考え方から得るものが多いのではないかと考えています。

少しだけ脱線するつもりが、もう2000字近く書いてしまったので、これで終わりにします。
最後に、付け加えておくと、僕は愛国だとか大和魂とかいう一つの集団から見た思考が嫌悪するほどに嫌いなので日本とか日本人とかいう言葉を使うことが大嫌いです。でも、日本という概念は好きです。

 

 

PS
書き終えて読み直してみると、あまりよくないものに仕上がっていました。
悪しからず